長崎地方裁判所 昭和43年(わ)362号 判決 1978年5月10日
主文
被告人を罰金一万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
理由
(犯行に至る経緯)
一 被告人の身上、経歴
被告人は、昭和三九年三月に東京大学工学部を卒業し、同年四月に日本放送協会(以下、NHKという。)に入社し、同年七月にNHK長崎放送局に赴任したが、そのころ日本放送労働組合(以下、日放労という。)に加入してその組合員となり、昭和四〇年六月ころには日放労九州支部長崎分会(以下、分会という。)の教宣担当執行委員となり、さらに、昭和四二年七月には分会長となつた。
二 被告人の組合活動の状況
被告人が長崎に赴任して来た当時は、ローカル局の合理化というNHKの方針のもとに、NHK長崎放送局などのローカル局の合理化、機械化が進み、業務量の増加につれて労働条件や職場環境が悪化しつつあつたにもかかわらず、分会の組合活動は、日放労本部からの指令に従つて賃上げ闘争を行うだけというきわめて沈滞した状態であつた。
そのような状況下において、被告人は分会執行委員となり、教宣を担当することとなつたが、そのころ、被告人の発案で分会機関紙を発行することにし、「すべての不満を分会へ」というスローガンのもとに職場における様々な不満をその機関紙に掲載して毎月発行するようにしたところ、それまで業務量の増大による職場環境の悪化などを互いに他の部のせいにして対立していた分会員同志のうちに対話が生れ、職場討議などが盛んになるにつれて、職場環境の悪化の真の原因はローカル局の合理化というNHKの方針にあるという共通の認識が醸成されていつた。
次いで、被告人が分会長に選出されるや、まず有給休暇の完全利用を目指して、いわゆる休暇闘争を行なう一方、職場討論などを実施した結果、従前は有給休暇を完全に利用する職員はほとんどいなかつたのに分会員の九〇パーセント近くが完全利用をするようになつた。
また、昭和四二年一〇月の異常渇水の際には、生活条件改善闘争として、被告人を中心とする分会執行部は、ポリバケツ購入代金やアルバイト代金の補償を求めてNHK長崎放送局側と延べ一〇〇時間にもわたる団体交渉の末、局側に二四〇万円の補償金を支給させ、また、労働時間の短縮についても全国でも一、二位といわれるほどNHK長崎放送局における職員の労働時間の短縮を実現させた。
さらに、そのような状況のもとで、分会員らの権利意識が次第に昂揚していくにつれ、単にNHK長崎放送局内での労働条件等の改善闘争に留まらず、多数の分会員とともにメーデーに初参加し、広島で開かれた原水禁大会にも分会の代表者を初参加させ、当時、佐世保で行なわれていたエンタープライズ寄港阻止闘争にも分会員に参加を呼びかけて分会員の六割を参加させ、NHK長崎放送局がデモ規制のための県警の警備訓練の模様をテレビで放映しようとしたのを中止させるなど反戦運動などの社会問題についても分会の活動を広げ、また、被告人みずからもNHK長崎放送局職員久野嘉資らとともに長崎地区反戦青年委員会を組織してその事務局長になるなどきわめて広範な活動をしていた。
右のような被告人らの活動は県評などから評価されるとともに、べ平連、学生団体、地域文化人らの多数の賛同者を得るようになり、また、朝日ジヤーナル、社会新報などにも「闘う分会」として全国的に報道される一方、自由新報には「NHK長崎放送局が左翼集団に占拠される」などと報道されるに至つた。
三 被告人の配置転換(以下、配転という。)及び懲戒処分
NHKは、昭和四三年八月一三日、被告人を含むNHK長崎放送局の職員七名の配転を内示し、被告人は、NHK東京教育局科学産業部へ配転されることとなつた。
そこで、被告人は直ちに異議申立を行ない、分会はこれを組合弾圧の意図による不当配転であるとして、その撤回を求めるべくNHK長崎放送局長小林康廣らと大衆団交を開始するとともに、NHKと日放労との労働協約に基づいて、同月一四日、NHK熊本中央放送局人事委員会に異議の申立をした。右人事委員会では、同月一五、一六日及び同年九月六日に労使双方の代表者が出席して協議がなされたが不調に終わり、さらに、NHK側によつてNHK本部での最高人事委員会の開催の申し入れがなされたが、これに対し、日放労中央執行部(以下、日放労本部という。)は、検討する旨言明したのみであつたが、その後、同年一〇月二九日に至つて、NHKに対して右開催の申し入れをなしたところ、今度はNHK側がこれを拒否した。
その間、同年九月二日、被告人らは長崎県地方労働委員会にあつせんの申請をなしたが、当初、NHK側は地労委の右あつせんに応ぜず、九月末に至つて右あつせんに応じる旨回答したものの、同年一〇月一九日に開かれた事情聴取にわずか一回応じたのみで、その際、地労委から本部段階でもう一度話し合つてみてはどうかという勧告案が出されたがNHK側がそれも拒否したため結局地労委のあつせんも不調に終つた。
一方、同年九月一〇日、分会の役員選挙が行なわれ、被告人が分会長に再選された。
ところで、NHKは、それまでの支部団交や中央団交によつて地労委のあつせん期間中は配転の発令をしない旨約束していたが、同年一〇月三一日、延期を重ねていた被告人に対する配転の発令をなし、そのため、被告人は同年一一月九日迄に東京に着任しなければならなくなつた。
そこで、同年一一月一日と二日の両日、被告人ら分会員は、右発令の撤回を求めるべく職場で抗議集会を開こうとしたところ、右集会に参加しない分会員がいたところから、それら分会員を参加させようとして暴行・傷害事件が起きるに至つた。
NHKは、この件で被告人ほか五名を懲戒処分にする旨決定し、同月六日、被告人らに対し、四ケ月から一ケ月間の停職処分に付する旨日放労本部に内示した。
四 本件発生当日の状況
被告人は、赴任期限が間近かに迫つた同年一一月七日が長崎での最後の闘争の機会であると考え、同日午後六時ころから、他の分会員らとともに、NHK長崎放送局局舎内の四階集会室で職場抗議集会を開くとともに、同日午後七時ころから、局舎前広場において、反戦青年委員会、反帝学評、県労組、地区労などの支援団体と合流して抗議集会を開き、その後、分会員のみ局舎内に入つてデモ行進を繰り返し、外に出ては再び集会を開いて「不当配転撤回」「処分撤回」を叫んで、被告人の音頭でシユプレヒコールを繰り返すなどしていた。
他方、小林局長ら一〇数名の管理職員らは、同日午後六時過ぎころから局舎五階の局長室内に閉じこもり、被告人らの侵入に備えて局長室の廊下側ドアや局長室隣の第一会議室に通ずるドアに旋錠した。なお、右第一会議室の廊下側ドアは同月一日ころから旋錠されていた。
同日午後八時一五分ころ、被告人らは局長室前に至り、被告人が小林局長に対し、「団交に応じろ。団交がだめなら出て来て処分の理由を明らかにしてもらいたい。」などと要求したが、小林局長が右要求を拒絶したため、再びデモ行進や前記のようなシユプレヒコールを続けていた。
同日午後一一時一五分ころ、被告人は他の分会員ら二〇数名とともに再び局長室前に至り、被告人が局長室に向つて、「小林出て来い。五分間待つから話し合いに応じろ。」「再三求めているのに応じないのなら自分の方から入つて行くぞ。」「返事をしないとどういう事態が起きるかそれはそちらの責任だ。」などと怒鳴つたが、小林局長は右要求を拒否したため、多数の分会員が局長室の廊下側ドアを激しくたたいたり蹴つたりした。
(罪となるべき事実)
被告人は、長崎市西坂町一番一号所在NHK長崎放送会館において、前記のとおり同放送局長小林康廣に団交を求め、これが拒否されるや
第一
(一) 同日午後一一時二〇分ころ、日放労長崎分会員二〇数名の威力を示し、局長室隣第一会議室廊下側仕切りガラス(縦一四〇センチメートル、横八七センチメートル)一枚を被告人において叩き割り、もつて多衆の威力を示して右器物を損壊し
(二) 同日午後一一時四五分ころ、前記分会員数名と共同して、第一会議室にあつた長机を持つて、右第一会議室から局長室に通じる木製ドアを十数回にわたつて突き当て、よつて長机二脚及び右ドアを壊し、もつて数人共同して右器物を損壊し
第二 同日午後一一時三〇分ころ、前記分会員らと共謀のうえ前記小林局長の管理する第一会議室に故なく侵入し
たものである。
(証拠の標目)(省略)
(弁護人の主張に対する判断)
第一 公訴棄却の申立について
一 弁護人は判示第二の建造物侵入の点について、検察官の本件公訴の提起は、使用者であるNHK側の言い分のみを聞いてなしたものであり、本件公訴の提起によつて被告人が回復し難い重大な損害を蒙つたことに鑑みると、本件公訴はいわゆる公訴権の濫用に当たり、公訴棄却の判決をすべきである旨主張する。
しかし、公訴権の濫用は、検察官がその裁量権を著しく逸脱して不当な公訴の提起をしたというきわめて例外的な場合に認められるものであるところ、本件は後に説明するとおり犯罪の成立する事案であり、必ずしも訴追に価しないほどの事案軽微というものではなく、かつ訴追に際し犯罪の嫌疑が十分に認められるうえ、正当な組合活動として違法性が阻却されるか否か一見して明白でない状況において、被告人が捜査段階で黙秘していただけに被告人の弁解や事情説明さえも得られず、結局被害者であるNHK側の言い分やその他の捜査資料に基づいて公訴提起した事情が認められ、必ずしもかかる措置を非難し得るものではなく、また、被告人が公訴提起によつて多大の損害を蒙つたとしても、先づもつて訴訟の遅延にもそれなりの事情が認められ、また本件刑事事件そのものの性質上やむを得ないものがあるところからして、本件公訴提起が公訴権の濫用であるということはできず、この点に関する弁護人の主張は採用できない。
二 弁護人は、判示第一の各事実につき変更前の訴因である器物損壊について有効な告訴がなく、これを前提として訴因変更した判示第一の各事実について公訴棄却の判決をすべきである旨主張するが、この点に関しては、第八回公判期日において「当裁判所の見解」として詳述しているとおりであるばかりか、既に器物損壊から非親告罪である暴力行為等処罰ニ関スル法律違反に訴因が変更されている以上、器物損壊についての告訴の瑕疵を理由に公訴棄却の判決をすることは許されないというべきであるから(最決昭和二九年九月八日刑集八巻九号一四七一頁参照)、この点に関する弁護人の主張も採用しない。
第二 正当行為の主張について
一 弁護人は、被告人の本件一連の各所為は、不当労働行為として違法な配転命令及び手続上瑕疵のある懲戒処分に抗議するために、被告人を中心とする日放労長崎分会員らが、正当な組合活動として法的に許容された団体交渉権の行使としてなされたものであり、従つて、正当行為として違法性を阻却され、無罪である旨主張する。
そこで、この点について以下検討してみるに、前掲各証拠によれば、おおむね次のような事実を認めることができる。
二 被告人の配置転換の不当性について
判示冒頭の二で詳述したように、被告人が分会長となつてから分会の活動が飛躍的に活発化し、被告人の指導のもとにNHKとの団体交渉の末、数々の労働条件の改善に成功するに至つたが、それは卓抜した被告人の指導力に依るところが大きかつたこと、配置転換内示の際には被告人は現職の分会長であつたこと、被告人は本件配転の事前調査である昭和四二年十二月に行なわれたNHKへの自己申告においても、長崎での組合活動や原爆問題についての番組製作の仕事などを理由に転勤を希望しない旨明確に意思表示していたこと、NHKは、「本部にコンピユーターを導入したため技術者を地方から吸い上げる必要や、東大工学部出身の被告人の能力伸長」などを今回の被告人の配転の理由として掲げていたものの、現実に予定されていた被告人の東京での仕事は、一年の三分の二近くも山奥に入つて野鳥の声を集めるものであり、大学で都市工学を専攻した被告人の能力伸長というにはあまりにも奇異な感がすること、仮にNHKのいうように、配転に際しての本人の希望は単なる参考意見にすぎないものであるとしても、NHK長崎放送局においては、本人が希望し、且つ同局での在勤年数の長い者から転勤していくという慣例があり、被告人と同じ職場には、いずれも転勤を希望し、且つ在勤年数が八年四月と六年にも及ぶ二人の職員がいるにもかかわらず、前記のとおり本人が希望せず、また、在勤年数も四年一月にすぎない被告人が先に配転されることになつたこと、などの事実からすれば、被告人に対する本件配転命令は、労働組合法七条一号にいう支配介入及び差別的取扱いとして、不当労働行為の成立する疑いが濃いものと言わなければならない。
三 懲戒処分の手続上の瑕疵
NHKは、前記のとおり、昭和四三年一一月六日、被告人らに対し懲戒処分の内示をしているが、局舎内で発生した組合員である職員間の暴行・傷害事件を理由に、その加害者らを懲戒処分に付すること自体は何ら違法視されるものではないことは明らかである。
しかし、NHK就業規則及び職員責任審査規定によれば、部局の長は、所属職員に懲戒に当たるような行為があると認めたときは、速かにその真相を調査してNHK会長に上申し、会長は責任審査委員会の議を経たうえで処分を行ない、右の責任審査委員会の開催通知は被処分予定者にも通知され、被処分予定者からの申出があつた時には、委員会に出席させて事件について陳述させることもできる旨規定されているところ、懲戒処分の対象となつた被告人及び平田強らはいずれもそのような通知をもらつた覚えはない旨述べ、また、小林局長もそのような通知をみずからしたことはなく、また、他から通知が行なわれたという事実についても知らない旨述べていることなどからすると、右通知はなされていなかつたものと認めるのが相当である。
また、そもそも、責任審査委員会が開催されたか否かという点についても、小林局長のみが、昭和四三年一一月六日ころ開催された旨伝え聞いたと述べているものの、右委員会がどのような構成で開かれたかも知らず、開催された日時についてもきわめてあいまいであること、右開催の事実を知つたのも一年余も後のことであり、雑談中に伝え聞いたものであること、前記のとおり被告人らには開催の通知が届いていないことなどの事実からすれば、果して、責任審査委員会が開催されたのかどうかきわめて疑わしいと言わざるを得ず、そうだとすると本件懲戒処分手続は瑕疵のあるものと言わなくてはならない。
四 以上、認定された諸事実に加えて、さらに、前記のとおり、地労委のあつせんにおいて、もう一度労使間で話し合つてみてはどうかという同委員会の勧告に対して、組合側は即座にこれに同意したにもかかわらず、既に話し合いの余地は無いとして断固として拒否したNHK側の態度などからすれば、被告人らが配転の撤回を求め、あるいは懲戒処分の撤回を求めて小林局長らに団交を要求することには充分の理由があり、被告人らの行為の目的の正当性についてはこれを肯定することができる。
しかし、目的の正当性が常に手段をも正当化するものではないことは、労働組合法一条二項但書の法意に照らしても明らかである。
本件において被告人らが団交を求めるためにとつた手段についてみれば、当日が東京への赴任の期限ぎりぎりの日であつたとしても、判示のとおりガラスを叩き割つたうえ、旋錠してあつた第一会議室のドアを開けて侵入し、さらに局長室に通じるドアに長机を十数回にわたつて突き当てるなどの直接行動に訴え、その結果、長机二脚と右ドアを損壊したものであり、その態様は暴力的であり、損害の程度も必ずしも無視しうる程の軽微であるとは言い難く、平穏な団体交渉としての手段、態様とは認められない。
さらに翻つて考えてみれば、本件配転命令については判示の如き直接的な暴力行動に訴えなくても、労働委員会の救済命令を求めるなり、民事上の仮処分を求めるなどして司法上の救済によつて解決を図ることもできたはずであり、これらの事情も考えあわせると、被告人の所為は、組合活動として法的に許容された手段を逸脱した違法なものであると言う他なく、この点に関する弁護人の主張も採用できない。
(法令の適用)
被告人の判示第一の(一)(二)の各所為は、包括して、暴力行為等処罰ニ関スル法律一条(刑法二六一条)、昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項二号(刑法六条、一〇条による。)に、判示第二の所為は、刑法六〇条、一三〇条、右改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号(刑法六条、一〇条による。)に各該当するが、判示第一の各所為と判示第二の所為との間には手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により一罪として犯情の重い判示第一の罪の刑で処断することとし、所定刑中罰金刑を選択することとし、その所定の金額の範囲内で被告人を罰金一万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
本件は、判示のとおり小林局長らに団体交渉を要求しようとして直接暴力的手段に訴えたものであり、局長室内に居た管理職員らに著しい不安感を与えたものであること、また、本件一連の犯行に際しては被告人が卒先して犯行に及んだものであることなどの事情が認められるが、他方、判示のとおり不当労働行為の成立する疑いの強い配転や手続上瑕疵のある懲戒処分に抗議して団体交渉を要求したこと自体は正当として理解できること、本件犯行当日が被告人が長崎において抗議活動のできる最後の日であると知りながら、局長室に旋錠して閉じこもつたまま一切団交を拒否し続けた小林局長らにも責めらるべき点がないではないこと、損壊されたドア等も、本件のような事案に鑑みれば、財産上の損害としてさほど重大視するほどではないこと、被告人自身が病気になつたこともあつて長期化したとはいえ、既に犯行後一〇年近く経過しており、その間被告人が蒙つた精神的苦痛も量刑上みのがせないこと、などの被告人に有利な事情も認められるので、それらを総合考慮のうえ前記量刑をした次第である。
よつて、主文のとおり判決する。